金孝妍 (キム・ヒョヨン)
アートは内面の問いに応える手段
アーティストの哲学と問いについて
Talk #1
現代美術家
東洋人としてのアイデンティティと向き合う
ー アートを志したきっかけについて教えてください
実は幼い頃からの夢は科学者でした。絵を描くのも好きで、兄がいるんですけど兄がまず美大に入ったんですね。兄は最初から画家になると言っていて、じゃあ私も美術大学行くという感じで、大学に入りました。 本当に純粋に描くことが好きで入ったんですけど、その中で美学だとか、哲学とかに触れました。 アートとはこういうものなんだっていうのを改めて考えさせられて、そこからですね。本当にアーティストになろう っていうか、真剣に向き合いたいと思ったのは。
大学では西洋美術を専攻していて、交換学生としてフランスに行って油絵とか、アクリル画とか色々試して いたんですけども、海外にいる中で自分は東洋人だっていうことがすごい露わになった気がします。 そこから、自分がやっていることとか、使っているものとか、すべてゼロになったというか、スタート時点に帰ろう という気持ちになりました。
アートとは何なのかとか、なんで自分は絵を書くのかとか、自分がやっていることの問いが始まった時期です ね。そこからは絵を描くにも、線を一つ書くにも、ちょっと虚飾な感じや嘘っぽいのがいやで、絵を描くのを辞 めてオブジェだとかインスタレーションをやっていたりしましたが、次第にプリミティブな素材を求めはじめて、和 紙だとか墨だとか膠だとかそういったものに、興味をもって、そこから、絵画が再び始まりました。
〈制作過程〉
ー はじめは科学者になりたいと思っていたんですね。
子供の時から色々なことを考えるのは好きで、それで哲学に出会ったときはすごく面白かったし、本当にその時は哲学者になりたいって思うほどだったんですけれども、文章をこう論理的に書くっていうのが苦手で自 分に合ってないと思ったんです。 それでも絵とか、自分の身体で何かを表現するとか、何かこう作り上げるっていうことで、自分なりの哲学的な問いだとか、それを解決して行く過程のものが生まれるということが、自分の中では作品になっているんだと思います。 何かの問いを、この人はこういうふうに解決しようとしたんだなという、そういう思いが人に伝わればよいなというのがありました。
和紙と銀箔 - 現代美術における影の表現
ー 今回出品する作品についてのあのテーマやコンセプトがありましたら教えてください。
以前の展示でも成羽美術館などで大きな作品を作っていて、いろいろな問題や疑問に思ったものを試しているのですが、最近では影が気になっていて、今回も影に関わる何かをテーマにしています。 今作っているものが和紙に銀箔を貼ったもので、煙でいぶして変色させるということをやっています。今回の 展示でもこういった平面作品を今回は主に出展する予定です。
ー 鏡のところにも作品を描かれる予定と伺っています。これも影の一種なのでしょうか?
そうですね、どうリンクするのかが今とても興味があるのですが、鏡は何かが映り込むもしくは反射させるとい うものなので、銀箔とある種、似たようなところもあると思っています。
ー 今回の丸亀町グリーンという商業施設での展示についてどう思っていますか?
香川県での作品作りという点では、瀬戸内国際芸術祭や、せとうち観光専門職短期大学などのプロジェ クトで関わらせて頂いていて、その中で繋がりもできていました。 今回はそれに続く香川での展示になります。丸亀町商店街でも、以前展示させていただいて、すごい賑わいのあるおしゃれな場所という印象です。
今回はその中でも美術館でもなくギャラリーでもない、商業的なファッションのブランドが並ぶ場所の中に急に現れたという展示で、売るばかりの目的でもないし、見せるばかりの目的でもない。なにかまた違うレイヤーが作られているというところが楽しいですね。
販売もするけど、もっと地域の人に見せたいという思いも各作家あるだろうし、その作家ごとにどういう風に見せてくれるのかという工夫も見どころじゃないかなって思っています。
案内状を出して来てくださる方もいますけれども、どちらかというと、その美術館に足を運ぶ人たちというより は、お買い物に来る人達がこう急にその作品に出会って衝撃を受けるみたいな偶然の出会いがありますので、作品だったり美術作家の方との関わりがどういう風に繋がっていくのかというところもワクワクしています。
ー 先ほどの質問と重複しますが、作品を作る際にはどのような素材や技法を使用しますか?
私は西洋美術もやっているし、いろいろなメディアを使ってきています。日本画も触れているので、素材はいろんなものをコンセプトに合わせて作っています。
外での展示など頼まれると、またその場所に合うものを探したり、いろいろチャレンジするのも楽しいので、いろんなものを使っていますが、今回の展示は大きいものより比較的小さなものを作ろうと思っています。 銀箔を変色させる方法を使いますが、日本画でよく使われる技法としては、液体を和紙に含ませて、その イオウ成分がある液体をアイロンの熱で変色をさせるというやり方が好まれて使われるのですけども、私は 硫黄成分がある煙で燻して変色させるんですね。なので、スモークみたいにこう煙がいっぱいになって徐々 に変化する、色付けされるその過程が全て見てとれる。
銀色から徐々に淡い金色、ちょっと濃い金色から茶色、赤色、青色とか出て、最後は黒になるんですけれ ども、途中この色が良いっていう時に取り出すんですね。
ー この色がいいなと思う瞬間というのはどんな時でしょうか?
最初銀色で透明なコーティング剤を塗っているときは見た目ではわかんないんですよね。変色し始めるとど んどん絵が出て絵柄が出てきて、季節の気候だとかも、いろいろ関わっていて寒いと遅くなるし、暖かい方がこう早いんです。そういったことも含めて、ちょうどいいっていう時があるんです。
そこに到達した時に取り出すのではないかなって私は思っています。その時、その場所の環境が色づけに影響するというのもコンセプトの内であったりします。
ー 展示期間中にどんどん色が変わることもある?
そうですね、最後は何色になるか分からないんです。それもまた楽しみです。
ー そういった作品を作るときのアイデアはどういったところから思いついたりするものなんでしょうか?
美術の文脈の上でいろんな問いを建てるのですが、その問い自体は美術っていう文脈の中に収まりきれない部分があります。もっと、大きなことを追求してると思ってるんですね。 美術という形で問いに答える作品は作っていますが、答えは一つだとは思っていなくて、その答え自体もがまたいつかは変わるかもしれないということも考えています。
コンセプトを固める時は、何かしら本を読んでも、映画を見ても、普通に誰かと会って喋ってる時でも、本 当にちょっとした事で、ヒントが現れてきたりするんですね。それが楽しいし面白いし、夢の中でも出てくるん ですよ。 それがすごい不思議。
なので常に疑問を手放さないっていうことが大事かなって思っています。 疑問って一つじゃなくて、枝分かれしていて、その中でふっと何かヒントを得たものから、こうちょっと解決して行くっていうか、明確にして行く、もっと深く入っていけるというものになってます。
詩的なタイトルと多様なインスピレーション
ー 過去にはどんな方が金さんの作品を購入されていますか。
例えば若い大学生の方から年配の方まで幅広いですね。購入のきっかけとしては、見た目かっこいいと言われたこともあるし、自分の家のここに飾りたいからというものもあります。タイトルが良いからって言うのもありましたね。 タイトルを見て、あー、なんとなく、こういう世界かっていうのが分かったっていう方もいました。
ー タイトルはいつもどういうふうに決められているんですか?
タイトルは結構つけるのが楽しくてですね、作品について説明がないと分からないっていうのも結構あるんですが何かそれに代わる詩的なものを書くんです。
そっちのほうがもっとわかりやすいっていうか、言葉でこうちょっと楽しむっていうか。タイトルはいつも遊ばせて いただいています。
作品が出来上がったら最初に私が鑑賞者になって、その作品をじっくり見つめていると言葉が現れてくる。
ー 好きなアーティストや影響を受けた作品があれば教えてください。
アーティストも色々といますが、科学者、数学者、物理学者にも影響を受けています。日本では、数学者の岡潔さん。すごい、好きなんですよね。
彼の専門は数学なんだけど、数学に接する姿勢が文学から、いろんなことが幅広く含まれていて人間的に 魅力的だなと思います。物理学者だと、寺田寅彦はいろんな研究されててそういったところがすごく面白いなあと思っています。
人間の内面から問題解決への道を探る
ー 現代社会においてアートがどのような役割を果たせると思いますか?
社会的な問題とか全世界人類が抱えてる問題だとか、いろいろ言いますけれども、何か人間だけがこうカ テゴリ化してくるめてしまう。地球環境みたいな大きな危機があるとしても、個人個人、本当に今生きるの に大変な人だってあるだろうし、その人にとっては世界の問題よりそっちの方が重要な問題だったりする。 ある状況の方が生きるか死ぬかっていう局面にあることもあるし、それは本当にくるめて言えないことだと思っ てるんですね。なので、誰にとって問題なのか、そういうもっと詳細なところを言っていくことが必要だと思いま す。
問題の答えは一つじゃないだろうし、それぞれ違うのに、いつも外から分かりやすい答えを求めようとしている のが問題じゃないかなって思っています。本当は全部自分の内面から変えていかないと、問題解決には絶 対たどり着けないなって思うんですね。
なので、自分で自分の問題をどう向き合うか、それを見ているあなた、あなた自身が変えないと解決できな い問題ではないかとかそういうことを考えています。
私がアート作品を作る理由でもあるんですけれども、自分の哲学というか、自分の問いをどうやってどう解決して行くかの過程を、作品を通じて見せている感じです。
それは、学者が論文などで残して行くのと同じだと思っていまして、で、それは誰かには助けになるだろうし、 誰か共感してもらったら、またそれがつながりになって広がるだろうと。
いろんなアーティストがいて、それぞれの何か問いに対しての解決だったり、自分の何かを表現したりするのも、その人とその作品について共感できる人にとっての助けになるだろうと思います。
そういったものとしてアートっていうのは、人間が生きて行く中で必要なものではないかなと私は思っていま す。
今後の活動や展望について
ー 展覧会などの予定だったり、その告知などがあれば教えてください
大きな個展としては愛媛県にある大三島美術館で個展が 8 月から 10 月まで三カ月間開催されます。 それが今年は、一番大きい展示になると思います。
金孝妍さんのプロフィール
1980 韓国生まれ(岡山在住)
2001 Beaux-Arts de Paris international Exchange program (パリ、フランス)
2003 弘益大学校美術大学 絵画科 卒業 (ソウル、韓国)
2005 弘益大学校一般大学院 絵画科修士 修了 (ソウル、韓国)
2018 倉敷芸術科学大学大学院 芸術研究科 芸術制作表現専攻博士課程 修了(岡山)
2023 倉敷芸術科学大学 芸術学部 非常勤講師 (’19-)
◆主な展示
2017 天プラ・セレクションVol.79「線ヲ思フ」(岡山県天神山文化プラザ)
2018 個展「線色×色線」(アンクル岩根のギャラリー/岡山)
2018 個展「作為と無作為」(加計美術館/岡山)
2019 「第三回日中韓芸術展」(茨城県つくば美術館/茨城)
2019 個展「痕跡の進行相」(ギャラリー倉敷/岡山)
2020 「SEOUL·TOKYO·MOKPO展」 現代美術日韓展企画(ソウルHギャラリー・カッバウィ美術館広州市立美術館/韓国)
2020 「岡山芸術祭まちぶらりアート〜繋がり探訪~」(蔭凉寺/岡山)
2020 「I氏賞受賞作家展 Spur その先にある風景」(岡山県立美術館)
2020 個展「Vol.1 Konseki そして飛び立つもの」APHB@(加計美術館/岡山)
2021 個展「付随性シカク」(岡山天満屋美術画廊)
2022 個展「息する瞳-Breasphere-」(高梁市成羽美術館/岡山)
2022 二人展「中原幸治X金孝妍 –FLAME–」(福山天満屋美術画廊/広島)
2022 「倉敷市・サンクトペルテン市姉妹都市提携65周年記念合同美術展」(加計美術館 /岡山)
2022 「倉敷京都国際文化交流展」(倉敷市立美術館/岡山)
2022 「ART BAR Cock's tail」(廣榮堂 倉敷雄鶏店/岡山)
2022 個展「対岸の影」(加計美術館 /岡山)
2022 「舞踏X書X美術X映像–地に立ちて宙に抱けり–」(岡山県天神山文化プラザ)
2022 「こじまブルーArt Festival」(むかし下津井回船問屋/岡山)
2022 「今昔礼賛」(旧野崎家住宅/岡山)
2022 「鞆の浦 de ART 2022」(太田家住宅/広島)
2022 「おいでまい祝祭2022」(高松中央商店街/香川)
2022 「岡山芸術交流2022」Rirkrit Tiravanijaの作品「Untitled2017(Oil Drum Stage)」の上でパフォーマンス(旧内山下小学校体育館/岡山)
2022 「Power of Art from SETOUCHI」倉敷芸術科学大学・協同企画展(今治市大三島美術館・今治市玉川近代美術館/愛媛)
2022 個展「CANPUSPHERE」(せとうち観光専門職短期大学/香川)
2023 「せと短 Campus Art Project」(せとうち観光専門職短期大学/香川)
2023 アート×食:ワークショップ&共同制作(せとうち観光専門職短期大学/香川)
2023 「第8回Korea-Romania国際美術文化交流展」(University of Timisoara Museum/ルーマニア)
2023 「第5回気更来会」(そごう横浜店美術画廊/神奈川)
◆主な賞歴
2016 第2回 石本正日本画大賞展 奨励賞
2017 日中韓芸術祭 優秀作家賞
2017 第10回 岡山新進作家美術家育成「I氏賞」 奨励賞
2018 加計美術館賞 大賞
◆パブリックコレクション
岡山県立美術館、加計美術館